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新しい視点で大学に進学する University Transfer

好き嫌いで学科を選ぶリスクreport

得意科目で学科を決める方法

高校までの得意科目と不得意科目にもとづき、これから、大学で学んでいく分野の方向を決め、それに合う学科を選択するのが、皆さんが高校三年生の時の大学受験時に使った方法の一つかと思います。この方法を、これから大学に編入する場合の学科選択に使用することにリスクがあるとお話ししました。その説明をここでしたいと思います。
高校までの得意科目と不得意科目の分類が、そもそも合っているかどうか、不確実なところがあります、と述べました。どういうことでしょうか。


不得意科目は本当にダメか?

例えば、英語です。
もし、あなたが英語が嫌いだったとすると、英語は不得意な教科だった可能性が高いと思いますが、なぜ嫌いになったのでしょうか?
あなたの中等教育時代(中学、高校)を振り返ってみると、思いつくフシがあるはずです。
もしかしたら、英語講師の教え方が嫌だったのか知れません。あるいは、授業で展開していくテーマそのものに興味がわかなかったのかも知れません。
あるいは、効率的な、単語や語彙を記憶する手法が分からず、十分な語彙力を得ることができず、それゆえ、長文読解で、語彙力が無いがゆえに、センテンスの意味を読み取れず、英語の文章読解が苦痛に感じ、英文を見るのも嫌になったのかも知れません。でも、待ってください。
あなたが、英語という教科を嫌いになった、いろいろな原因は、もし、別の講師により、別のテーマに基づく、あなたにとって興味深い内容の英文を読み進める授業だったら、また、あなたに合う、語彙力を高めるためのツールや指導が行われていたら、どうだったでしょうか?
あなたは英語が好きになっていたかも知れません。


マス教育の弊害

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英語に限らず、どのような教科であっても、生徒に合った「教授法」(教え方)と、生徒の興味を引き出す「教材」という組み合わせがうまくいっていれば、生徒の一人であった、あなたは、その教科が理解しやすく、楽しく授業を受けられた可能性が高いと思います。しかし、残念ながら、初等教育、中等教育の現場は、「マス教育」という、効率よく、たくさんの生徒に、平均的な知識を教える、という姿勢で、戦後70年以上続いてきていますので、その教科が分かりにくく、嫌いになる生徒を一定数出し続けているのが現状です。このマス教育という教え方で、特定の科目が嫌いになった場合、それは「真に」嫌いになったと言い切れるのでしょうか?
マス教育で嫌いになった科目の延長線上にある、大学での学問分野も、「嫌い(だと思う)」ということで、排除してしまって、いいのでしょうか? 中等教育で扱った教科を、もっと深く、歴史的に、様々なエピソードを交えて、しかも深い教養がある講師が熱意と情熱を持って、あなたに教授したら、どうでしょうか?
もしかしたら、あなたの、嫌いだというコンプレックスは、教養深い、情熱ある講師の教授で、氷解していき、嫌いから、好きに転換してしまうかも知れません。
そういうことが、大学ではあり得るのです。


中等教育時代の好き嫌いで学科を選ぶリスク

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中等教育の時代に、英語が嫌いだった、道徳が嫌いだった、地理が嫌いだった、のに、大学で、現代英語圏の文化的特徴を述べた英文を読み続け、日本との文化的な差異に驚き、面白く感じるようになるかも知れません。道徳が嫌いだったのに、大学で、政治哲学を学び、何が正しくて、何が間違っているのかの、根源的な基準を求めて、たくさんの秀英な学者が仮説を立ててきた歴史を知り、驚き、正邪の基準の変遷を学ぶ醍醐味に感激してしまうかも知れません。
あんなに地理が嫌いだったのに、大学で地政学を学んでいく中で、地理と紛争とがこんなに密接に関係していることに驚き、外交は、この地理の知識を背景としていることに興味を強く感じるかも知れません。それゆえに、中等教育時代の好き嫌いで、大学の学科選択を決めることには危険性があるわけです。どういう危険性か?それは、あなたの可能性の芽をつんでしまうという危険です。


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